エースをねらえ!

    作 者:山本鈴美香
    全巻数:18巻
    出版社:集英社
    初版年:1973年9月
エースをねらえ!


 岡ひろみはテニスの名門、西高の1年生。テニス王国と呼ばれていた西校には、その華麗なプレーからそう呼ばれる「お蝶夫人」こと竜崎麗香、生徒会長を務めながらも西高男子部の名選手である藤堂貴之らが活躍していた。お蝶夫人に憧れて入部したひろみであったが、新任のコーチ、宗方仁に目をかけられ1年生ながら大抜擢のレギュラーメンバーに選ばれる。

 楽しくラケットを握ることができれば・・・程度の軽い気持ちで入部したひろみであったが、コーチへの師弟愛と異性愛の混濁のなかテニスへの情熱をかきたてられ、スパルタ指導に応えるようになる。そんなひろみを暖かく支えたのはお蝶夫人や藤堂達であった。  ふと気が付くと、ひろみは日本テニス界の先端をひた走る自分に気が付き、その重責に押しつぶされそうになるが・・・


 単なるスポ根ものと言ってしまうには、あまりにも抽象的な精神論が先行するスポ根ものである。
 半ばの10巻、宗方コーチの死により感動的な収束をもって一旦連載は終了し、人気故に11巻以降の続編が描かれたようである。

 確かに感動すべきポイントは多い。「巨人の星」に代表されるような魔球とかミラクルを匂わせる物理的なスポ根に対比して、より普遍性をもった精神的なスポ根と言ってよいだろう。また作中には精神論を謳った格言が随所にちりばめられ、明らかに画よりも文章で読ませる意図が感じられるのが特徴的である。

 登場人物は全て自己犠牲型であり、そのポテンシャルが岡ひろみに集中されるところが感動のミソである。とりたてて目立ったところのない岡に求心力を与えたこと、岡自身がこれによって内省をより一層高めるという循環が、読み手にこの図式を明確に意識させ感動への引きがねにすることに成功している。岡ひろみだからこそ愛されるのである。
 蛇足だが、「岡ひろみは決して一人では生きていけない」ということが読中ずっと気になっていたが、『エースをねらえ!』を建設的に読むためにこれは禁句なのであろう(^^;

 「優れた男性によってのみ女性は伸ばされる」「この世に耐え切れぬ悲しみなどない」「女ゆえの悩み弱みをもって女ゆえに苦しむ」など、この作品が描かれた時代の価値観を垣間見るようなテーマに彩られ、これらテーマがプロパガンダのように繰り返し提示されていく。このへんは最近の若者にはまったく理解されない部分になるだろうし、ある程度の年配者にとっては共感を得ることであろう。
 もう一つのテーマである愛の深さはどうだろう。宗方も藤堂もそして岡を見守る全ての者が彼女を深く愛していく。宗方の命を賭けた師弟愛、藤堂の支える想い、お蝶夫人の聡明な気位の高さは、主人公岡ひろみの追体験を紙上で試みる読者にとっては強烈であったろう。かくも熱く深くかつ静かに確かに愛されることは女性として人間として理想的な姿である筈。

 正直言って宗方の死を迎える10巻までは"あの"前時代の少女漫画を象徴するような画風、とりわけいたるところで背景に花が咲くコマにいささか辟易していたことも手伝って、男である自分自身にはなかなか面白さが理解できなかった。前半の師弟愛に陶酔することが出来る読者にとって11巻以降の後半は比較的蛇足と評されるむきがある。しかし、岡と宗方の二人称を超えることが出来た後半の方が、より岡の成長も著しく、また社会性も見られ、ストーリーとしては高く評価したいと思う。

作成:03/02/11

当ページの画像は、山本鈴美香作、集英社発行の「エースをねらえ!」6巻,13巻よりスキャンして使用しております。他に転載及び使用されることは堅くお断りします。