中禅寺湖南陵を歩く
かつて社山に登った折、西側に累々と続く笹尾根を見て溜息をついたものだ。
あぁなんと素晴らしい山並みだろう。いつかきっとあそこを歩いてみたい・・・と。
日の出前のまだ仄暗い立木観音前駐車場には、支度に余念がない釣り人の姿がちらほら見える。やがて周囲が明るくなり始めると、一艘また一艘とポイントへと急ぐ釣り船のエンジン音が湖面の眠りを呼び覚ますように響き渡る。自分もまた中禅寺湖畔の周遊道へと足を踏み入れたのである。
この湖畔の道を歩くのは今回で3度目だが、いつ訪れても静かで良い佇まいだ。峰々に注がれるオレンジ色の朝日、やがて湖面や周囲の森が刻々と目覚めていくなか歩を進めるのがなんとも清々しい。
最奥の民宿には県外ナンバーの車が止まっていた。宿泊客なのだろうか。宿はまだ全体が目覚めていないようだ。朝食の用意もまだ始まらない早朝なのだ。
ここより舗装が切れて本格的な周遊道となる。そのまま歩けば千手ヶ浜までおよそ10Kmほどの湖岸のハイキングコースであるが、今日は阿世潟峠に登り、稜線を辿る山旅。社山を超え大平山へ寄り道をして、黒檜岳を踏んだあと千手ヶ浜へと降り立つ。
阿世潟峠へ初めて登った時はまだ山登りを始めた頃で、峠まで何度も立ち止まりながら登り苦労した記憶がある。当時に比べれば今はだいぶ体力がついてきたようで、さして呼吸の乱れもなく一気に登ることができた。今回のコースは社山までは前哨戦。体力温存で登らなければならないので、ここでバテたらこの計画は到底おぼつかない。
阿世潟峠で一休みしていざ社山へ。登山道を薄いガスが横切っているが、空は気持ちよく晴れ渡っている。まずは慌てずスローペース堅持で行こう。
程なく後方から足音が近づいてきた。峠で、後続の単独の若者と挨拶を交わしたが、一休みを終えた彼がぐんぐんと近づいてくる。足尾側の見晴らしが良いところで道を譲った。 息を切らしながら登る彼は苦しそうにも見えたが、若さ漲るパワーで登っていく。とても自分には真似ができる芸当じゃない。これから踏み込む山域の今日の一番乗りを奪われたのは少し残念ではあったが、長丁場の今日はとにかくマイペース堅持と体力温存が優先である。
夜明けの社山 | ピラミダルな頂部に朝日を受ける | 阿世潟峠 |
社山へは、背面の中禅寺湖や半月山、南側の足尾山塊、いずれも胸のすくような素晴らしい眺望の中の登高である。遠く雲間から富士山も顔を覗かせておりすこぶる眺めが良い。
前回はこの素晴らしい景色をカメラに収めるのを口実に、幾度も足を止めながら休憩を刻んだものだ。だが、今回はスローペースではあるものの意外にあっけなく山頂へ到達することができた。正直、己の体力向上に嬉しさを隠せないが、2回目以降の同じコースは行程を把握している分ペース配分が容易なのが実は楽に登れる大きな要因かもしれない。
白根山から北に連なる峰々 | 遠く彼方の富士山 |
山頂西の展望地では先程の若者が休憩中であった。速いですねと声をかけると、「黒檜岳までですか」と問われた。
そうだ、今日はこの憧れの稜線をとうとう歩くのだと改めて実感し、地形図を拡げて眼前の風景と照らし合わせる。若者は社山止まりの雰囲気だ。この広大な尾根を贅沢にも独り占め出来る幸せをかみしめて出発!
社山の山頂は近い | 社山西の展望地より黒檜岳方面 |
この先のルートはガイドブックにも具体的な掲載がないから、ネットに既出の情報と自らの判断で進むことになる。もちろん命知らずの冒険ではないので、先人のGPSログなどをありがたく参考にさせていただいた。
出だしの高度下げは、いつ風で飛ばされて無くなってもおかしくないような儚げなテープを追い、岩の間を縫いながら潅木のジャングルを降りていく。
やがて、広く立ち枯れた緩斜面に出て振り向くと、背後の社山がおどろおどろしくも大きく聳えている。
先の見えない緩斜面で進路を狂わすのは里山で幾度となく経験しているが、ここは見通しが良いので、とりあえずどこに向かうべきかは一目瞭然である。
はじめは潅木密林を急降下 | 行く手の稜線が近づく | ガレ地脇を抜ける |
崩落地を左右に縫うようにして進んでいく。次の尾根に突き上げるためには青々と茂る笹原に伸びる一条の筋を辿っていけばよい。時には腰ほどまでもある笹薮は朝露をたっぷりと含んでおり、ズボンを容赦なく濡らす。今日は自分にしては要領よくスパッツを付けてから歩き出しているので、裾の濡れは気にならなかったが、このあと延々と続く笹薮に蹂躙され続け、まるで豪雨の中を歩いたように靴の中が水浸しになることはこの時点で予想だにしていなかったのである。
ピークを重ねる | 正面の稜線に突き上げる | 腰高の笹薮の先の道標 |
尾根に突き上げると黒檜岳への道標があったが、ここを歩く人のレベルなら、要らぬおせっかいのような気がした。
1792Pを目指す直前の緩斜面付近で、それまで追ってきた笹薮の中の微かな踏跡を失う。地形図とGPSをもってすれば進路角の維持は容易だが、なにせ腰から胸のあたりまである笹薮である。ネットに「歩きやすい所を選んで・・・」と記述があったが、まさにそのとおり。たまに"筋"のようなものを見つけてそこを歩けばいくらか楽だが、それもつかの間。無常にも"筋"はすぐに消え失せてしまう。
振り返ると社山が大きい | 立ち枯れが独特な雰囲気 | 1792P手前の曖昧な笹原 |
1792Pに近づき尾根形がはっきりしてくると、千々に乱れていた先人の足並み達も自然と収束してくる。笹の中にしっかりとした踏跡が確認でき、やがて笹が消えて道になるとそこが1792Pである。「栃木の山140」には社山~黒檜岳は樹林の中を歩くので眺望がないと書いていたがこれは全くのでたらめである。それが証拠にこの1792Pの眺望の素晴らしいこと。社山への登り区間の好眺望にも負けないくらいのパノラマである。
今まさに憧れの山域のど真ん中に立っているのだ。そして大平山とそれに並ぶ黒檜岳、そこへ至る縦走路がよりいっそう大きく眼前に広がる。手前の小ピークを従えた1816Pへの登りがその全貌を明らかにしている。
1816P手前小ピークの登りかけで、歩きやすい笹筋を追っていくと幾分南に回りこみ過ぎているような感じがした。慣れてくると笹の目が見えるようになるが、所々に筋が入り乱れている。場合によっては到底人が通るとは思えないような所もある。なるほど、これが噂に聞くシカ道か。シカも体力温存に知恵を絞るようだが、稜線上を愚直に歩こうとするのはヒトだけか。
笹が無ければ踏み入ることが到底出来ないような斜面のトラバースを経験させて貰ったのはシカのお陰と感謝し、非日常的なアングルでシャッターを押すことが出来た。振り返ると社山もだいぶ遠くなり、歩いてきた稜線が延々と続いている。
このまま進むと先のザレ場で難儀しそうだったのでここは退却。笹薮を漕ぎながら直登して稜線へ復帰した。
1792Pへ向かう | 1792P | シカ道をトラバース 正面は1816P |
1792Pより1816P越しに大平山と黒檜岳方面を望む
来し方を振り返る | 社山は更に遠くなった | 1816Pの次の鞍部より中禅寺湖 |
1926Pへ向けて登りにかかると濃いガスが南から登ってくるようになった。夏はこの時間になると平地から発せられる水蒸気が上昇してくるのが日光山域の常で、南側の眺望を得たければ遅くとも9時頃までには山頂を踏みたいくらいである。北側の眺望は夏の日光エリアでもすこぶる良いのだが、登るたびにいつも南側のガスには残念な思いをさせられている。今回はそんなことも計算に織り込んで、景色の良さそうな山域はすでに通過しているので構わない。むしろ、いくらかオーバーヒート気味の体が霧に冷やされて心地よいくらいだ。
さすがにこの頃になるといささか疲れが溜まってきて足運びが重くなってきた。ザックを降ろしたのは社山で一回だけだったが、先もいくらか見えてきたので少し長めの休憩をとってから再出発。広大な平坦地とその向こうに見える林、笹原一辺倒だったこれまでの風景が一転するが、再び笹の尾根を辿り1926Pに登り詰める。
ガスが登ってきた | 1926P手前の平坦地 | 黒檜岳分岐まであと少し |
やがて道標が見えてきた。黒檜岳と社山の分岐点である。大平山へはここを南西に向け曖昧な尾根筋を追うことになるが、歩く人がいないのだろうか、道標は全くない。救いは行く手が黒木の樹林帯になっており、それまでの明るい笹道に比べるとやや陰気な感じがするが歩きやすい。
目指す尾根に向かって方角修正を重ねると、再び笹原へと飛び出した。広い緩斜面であるが故に、先人の足跡やシカ道でさえも探しだすのは困難である。 大した距離ではないのだが、頻繁にGPSで照会しながら笹薮を泳ぐようにして進路維持に努めていく。おそらく大平山であろうか、行く手に見える高みを目指した。
大平山はこの森の先にある | 腰から胸までの笹を漕ぐ |
山頂直下は北側まで樹林の支配下にある。稜線キープの笹薮にこだわらずに林の中を行けば歩きやすい。里山の藪道を歩いているような雰囲気の中、人知れずひっそりと佇む山頂にやっと到着した。
山頂からの景色は、延々と続く笹の斜面とその遥か先に見える足尾の親水公園方面。右手には南東へ向けて下っていく尾根筋が見える。後ろ側が樹林で遮られているので眺望はこれだけだが、先程まで濃かったガスも無くなって、地味ながらなかなか良い景色である。何よりも、ここまで登って来れたという充足感で、この風景はまさに値千金である。
山頂で早い昼食を(朝が早かったので時間的には順当)摂り鋭気を養う。さぁ帰りの笹薮をもうひと踏ん張りしなくては。
かなり高い所まで剥がされている | 太平山頂上 | 山頂より足尾方面 |
復路は2度ほど大きく尾根を外しそうになる。開けた前方を広く見渡していればそうそう進路を間違えることもないのだが、どうしても足元の笹に気を取られてしまう。
往路に見た分岐点へ無事復帰すると、ここからは笹も徐々に姿を消して暗い樹林の中を進むようになる。一見ルート不鮮明なように見えるが、赤と黄色のプレートがところどころに打ち付けてあり、これを順番に追っていけば全く問題なくナビゲートしてくれる。
千手ヶ浜への道標を左に折れ、不鮮明な道を暫し進むと周囲を木に囲まれた黒檜岳へ到着。事前情報で山頂に何もないのは織り込み済みだ。この先にあるシゲト山にも興味はあるが、今日は時間も体力もここまで。山頂には失礼だが、水を一口だけ飲んで踵を返した。
帰りもまた笹を漕ぐ | 黒檜岳 | かつてはこの分岐に山名板があったとか |
笹と格闘する長い稜線歩きであったが、ようやくこれからは気楽な一般登山道の下り一辺倒である。途中、突然の出現に双方驚く格好でシカと対面する。黒檜岳周辺のシカは登山者から食べ物を貰ってすっかり人を恐れなくなっていると聞いたが、このシカもしばらくこちらを探るように伺っている。「何もくれないのね。じゃあ、さよなら」といった風情でのんびりと去っていった。
千手ヶ浜への下りはなかなかきつい箇所が多く、ここを登るのはさぞかし大変であろうと推察される。何よりも登山口から山頂まで、ただの一箇所の眺望もないのがちょっと残念ではある。だが、途中のシャクナゲの群生の豊富さは他の山に比べると突出しているのではなかろうか。ピンクの花に彩られた賑やかな登山道が目に浮かぶようだ。
眺望が無いということでやはり不人気なのだろうか、登山道も所々荒れており、高度を下げるにしたがい谷に面した痩せ道を倒木が塞いでいたりする。千手ヶ浜からの黒檜岳往復はガイドブックにも紹介されているが、歩きやすい好眺望のルートしか知らないハイカーを連れてくれば苦情の集中砲火になることは想像に難くない。
長かった山歩きも中禅寺湖畔の周遊道に出るとほぼ終わりを迎える。キラキラ輝く湖面に浮かぶ男体山と白い雲。低公害のハイブリッドバスの出発時間まで少し間がある。そよそよと心地よい風に吹かれながら千手ヶ浜の芝生に寝転がりながら見る空が広い。今日一日の充足感もまた空に負けずに胸に広がっていった。
シカと遭遇 | 無事下山終了 |
概略コースタイム
立木観音駐車場発(5:03)-阿世潟(6:03)-阿世潟峠(6:27)-社山(7:36)-崩落地脇尾根乗り換え(8:05)-
1792P(8:23)-1816P(8:55)-1926P(9:35)-黒檜岳分岐(9:55)-大平山着(10:23)-昼食休憩-再出発(10:52)-
黒檜岳分岐(11:23)-黒檜岳(11:44)-1802P(12:31)-周遊道接合(13:37)-千手ヶ浜到着(14:03)
千手ヶ浜(14:45発)-低公害バス-赤沼車庫-赤沼バス停(15:31発)-立木観音前下車-徒歩-立木観音駐車場着(16:10頃)
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