ここ5年以上、風邪をひいても寝込むなんて事はまったく無かった。毎年新型のインフルエンザが巷で騒がれていてもどこか自分には無縁と思い続けていたが、それは突然やってきた。
序章.11月13日(金)
木曜日の昼過ぎ頃から何となく喉がいがらっぽい。痰が切れにくい。体質的に風邪は喉から来るパターンが多いので直感的に「ひいたな」と気付く。
昼食後に軽い咳が2つ3つ出たが、この時点では当然今後の進展を知る由もない。帰宅後若干だるさがあったので就寝前に市販の風邪薬を飲む。
発病.11月14日(土)
夜半に異常に気付く。体中がピリピリと針を刺すように痛い。悪寒が走る。時折痛みで目が覚めるも何とか朝を迎えて体温を測ると38.6度ある。以前ならもう少し自力で粘った所だが、インフルエンザの話題に枚挙の暇の無い昨今、家族への感染も憂慮しなければならないし、第一久しぶりの発熱がかなり辛いので我慢する自信も無い。かかりつけの病院に向かった。
事前に電話で事情を説明していたので、受付から直ちに空室の診察室に通されインフルエンザ簡易検査を受けた。
待つこと15分、結果は陰性である。
インフルエンザ簡易検査は、まず両方の鼻孔に綿棒のような細い棒を差し込んで鼻汁を採取し、それをキット付属の液に侵潤させる。液を撹拌して検査板にある穴に滴下(3滴)し15分後に結果が出るといった仕組みである。
検査にあたった看護士(婦)さんが、今日陰性でも明日再検で出る人が居ると言っていた。
インフルではないかと訴えた自分であったが、目前で執り行われた公開検査の結果をもってして何の反論の余地も無く、医者から「何が一番辛いですか?」という問いに、「熱があって節々が痛いのが一番・・・」
結局処方された薬は解熱剤と綜合感冒薬だけであった。
風邪なんだからこんなものかと思い薬袋を手にして帰宅すると、家内が「そんな筈は無い。それは絶対インフルだ。検査タイミングが早すぎる!」と断罪する。だって午後は休診だし・・・ということで争う気力も無く薬を飲んで床についた。
解熱剤が効いて確かに一旦は下がったが、切れてくるとまた39度に達する勢いの熱で元の木阿弥。日曜一日では快復の見込みは厳しいだろう。それに本当にインフルエンザなら当面出勤停止になる。仕事の段取りも考えておきたいので早めに結論を出したいところだ。
夕方6時頃、土曜の午後も診察している病院を探して貰い家内の運転する車の助手席で、まるで放り投げられた棒きれのようにぐったりしながら向かう。
初めて来るこの病院、個人開業医なのに土曜日曜診察OKらしい。ただし土曜午後と日曜は割り増し頂きますと書いてある。大抵は子供だが、患者は自分の前後も皆同じような事情の人達なのだろうか。診療時間終了間際なのに随分繁盛している。小さな病院はまさにインフルエンザ特需とでも言いたくなるような状態だ。
午前中の他院にての診療投薬について説明し、インフルエンザ検査の再検を申し出る。現在の症状はなおインフルエンザのそれに酷似している点。一回目の検査は発熱から恐らく10時間程度しか経っておらず、今なら発熱後18時間は経過しているので結果が出やすいのではないかと医師へ説明。
それならばということで、再び検査を受ける。だが結果はまたしても陰性。
医者もどうしたものかと苦慮している様子。自分が「インフルエンザで無いという事は、前の病院で貰った薬で治すしかないのですね」と問いかけると、カルテを走るミミズの這ったような筆先がピタッと止まって長考している。
その場に居合わせた看護士達もみな一瞬時間が凍ったような沈黙に陥り、勿論自分も息を止めんばかりの状態で医師の二の句を待つばかり。
結局、抗生物質と解熱剤、喉はそんなに辛くないと言った筈なのに喉の痛みを和らげる薬等々、かなり大量に処方されて幕切れとなった。
こうなりゃ何でも飲んで直りゃいいや的なノリで出された薬を精力的に飲み出した。
家内は依然として結果に懐疑的である。
不安な小康状態.11月15日(日)
抗生物質という高性能アイテムをゲットしたという安心感も手伝ってか徐々に快方に向かっているような気がする。
夜半に高かった熱も37度前半まで落ちてきて随分体も楽になってきた。夕食の頃にはすっかり平熱まで下がり、「サラリーマンの鑑だなぁ。きっちり土日で直しちゃうなんて」という軽口をたたけるようにまでなった。
寝る前に風呂を浴びてさっぱりしてから床につくが、なかなか寝付かれない。それもそのはず、この2日間、累計で40時間はひたすら寝ていただろう。寝尽くした感じがあったし、それに寝過ぎて腰が痛いのも手伝って益々眠れない。まぁしょうがないやと諦めて布団の中で悶々としていると、熱は上がっていないのにまた体全体にピリピリとした痛みが走り出して更に眠りを妨げる。
結局、まんじりともせずに月曜の朝を迎える事になった。
新たな予感(悪寒).11月16日(月)
とても仕事が出来るコンディションでは無い。「サラリーマンの鑑」にはなれず結局仕事は休みとし、横にならずに一日安静を保ってコンディションを調整することにした。
だが調子の方は一行に上向かない。一番辛かった時の症状全体から発熱を差し引いただけの感じが続く。信じた下山路を辿ってやっと鞍部に着いたものの、繋がる尾根は無し、降りられる谷も無しといったような絶望感が漂う。
一体全体どうしたものかと意気消沈していた夕方に、再び小刻みなピッチの悪寒の波に襲われた。普通の風邪なら無理して飲み続けることもなかろうと、小康状態になった今朝から薬を抜いていたが、単に薬効が切れできただけのようである。決して直ってはいなかったのだ。
夜が更けるに従い、うなぎ登りで熱は上がり出す。第二ラウンドは体に掛かる負担もより一層堪えるものだ。
ついに陽性に.11月17日(火)
2時間置きに辛くて目が覚めて給水するというのを繰り返していたが、深夜3時についに体温計が39度突破。もともと熱には弱いほうなので、大袈裟だが脳みそが煮詰まってしまうのではないかというような気持ちにさえなってきた。遂に降参し、初めの病院で貰った解熱剤を飲んだ。暫くすると取りあえずは、うとうとする事が出来るようになったが、これは尋常では無いという事に改めて気付く。
普通熱が出るときは、初めに悪寒があって発熱。その後は厚着をして布団にくるまって居れば発汗と共に熱が下がってくるというのが大体の決まり手なのだが、過去何度か今回と同じようなパターンで長期的な風邪を引いた経験もあり憂鬱になる。
朝になってから初日の病院(こちらが本来のかかりつけ)へ行き、土曜の夕方に他院で診て貰った事、今日までの経緯について仔細に説明をした。
窓口応対の看護士(婦)も診察室の医師も、風邪は症状に波があるのだから1週間くらいは様子を見ないと判らないという説明を訥々とし、あまり治療には積極的でない。まるでクレーマーの処理をされているような気分だ。それでもインフルエンザの可能性は本当に否定しきれるのかという問いに対し、それならばはっきりさせるためにもう一度検査しましょうということになった。
3回目ともなると受ける方も馴れたものであるが、検査開始後数分で医師が飛んできた。
「患者さん。ここ見てください。Aの所に線が出てますよね。陽性ですね。普通15分後判定ですが間違えありません。いやぁ意外でしたね」と言う。先ほどの看護士もどこか目を泳がせながら「おや、でちゃいましたねぇ」と一言。
←検査後に携帯カメラで失敬して撮影
医師の説明によると、別なタイプの菌の風邪が同時進行していて第二波がインフルエンザだったのだろうという事だ。
「そんな事ってあるんですか?」との自分の問いに、やはり多少目を泳がせながら小声でえぇと答えたのを見逃さなかった。
違うタイプの細菌が極短時間に活性状態を交代するというのは素人からみても納得しがたい気がするのだが、何はともあれタミフルを処方される事になって自分としては一安心である。インフルエンザでも無いのに一体いつまで回復せずに仕事を休まなければならないのかという焦燥感、深い薮山に遭難し途方に暮れているいるようなそんな状況にまさに救助の光臨ありといった感じである。
帰宅後取り急ぎタミフルを服用、暫く経って食事後に同時に出された薬も飲む。驚く事に数時間経つと、それまでの重い呪縛から解放されていくのが実感出来るように体が楽になっていく。まるで満ちていた潮が引いていくような感じだ。よく効くとは聞いていたがここまでとは驚きである。もっと早い段階でインフルエンザ陽性が出ていれば数日間無駄な苦しみを味わう必要もなかったろうにと思った。
現在.11月19日(木)
18日も熱はすっかり上がらなくなり今日も安定している。むやみに寝ていると、夜寝付かれなかったり腰が痛くなったりするので昼間は着替えてTVを見たりしながら過ごしている。また、現在これを書いている最中だ。会社の方は今週一杯出勤停止、そのあと連休があるので仕事に出るのは24日になる。それまでに万全の体調に戻したいところである。
暇にまかせてネットでいろいろ調べると興味深い話が沢山ある。そこで、今回の自分のインフルエンザ騒動でのポイントを絡めてまとめてみた。
1.簡易検査について
自分が3回受けた検査はかなり以前から行われている汎用的な方法で、一般的に用いられるようになってからあまり改良がされていない。検出率が50%程度の場合もあるので信憑性が高いとは言えない。患者の個体差も大きく結果を左右するようである。
さらに、今回自分はA型で陽性となったが、新型かどうかは詳しい検査の出来る病院、ないしは機関に持ち込まなければ判らないという。ただ、統計的に今の時期のA型は新型の可能性が大であるらしい。そして困った事に新型の場合は検査キットに反応しにくいということも明らかになっているらしい。
2.タミフルについて
素人なのであくまで聞きかじりだが、タミフルが効く仕組みは細菌細胞の増殖抑制機能である。急速に増殖を繰り返すインフルエンザウィルスの増殖を押さえてしまえば一気に活動が弱くなるということである。本来有益な細菌はどうなってしまうのか、ターゲットを絞って悪性ウィルスだけに本当に効いているのかどうかという点が気になるところだ。
未成年者への投与で異常行動があるというのは良く知られているが、副作用について検索するといろいろな記事が目に入る。特に小さなお子さんに投与された母親からはやはり神経質な意見が噴出しているが、脳症で死んでいく子供を沢山見てきた現場の医療関係者からは「同じ危険なら副作用を」との提言が多い。
自分もあれだけ酷かった症状がたった1錠で好転し、数錠飲んだ今はすっかり快方に向かっているのを考えると、初期の段階で投与すべき必須薬であると思う。しかしながら否定派は、かつての国内の薬害渦を顧みた時に本当にタミフルで良いのかという意見も多いようである。
確かに昔もインフルエンザはあったし、そんな時は1週間かけたとしても風邪に粘り勝ちするしかない、そんな事が当たり前だった時代もあった訳だ。自分などもどちらかと言えばそういった世代の一人であるわけだが、便利で合理的な現代の象徴でもあるかのようなタミフル治療、実際その功罪はいかなるものや。
症状の重篤化や病気の蔓延を防ぐという意味では確かに素晴らしい。悪夢のような苦しみから素早く解放された自分も、この点ではで異を唱えることは出来ない。
しかしながら、全世界の生産量の8割以上を日本で消費しているという現実を見ると、日本は世界一のタミフル治験場であると言われてもしかたの無い不気味さは否めない。
ちなみに今日現在の自分の副作用だが、タミフル以外の薬も2種類飲んでいたので断定は出来ないが、ネットで散見されただるさや低体温症がやはり見られる。顔の廻りが若干しびれているいるような気もする。処方は1日2錠で5日分。途中でやめずに必ず飲みきってくれということだが、今現在でまだ半分の5錠が残っている。無用な薬は早く抜きたいところだが、万が一ぶりかえして先日の地獄に舞い戻るのも勘弁願いたい。我慢して飲み続け、かくして治験モルモットとなっていくのか。強烈な効き目だけに出来れば付き合いたくないというのが最も率直な気持ちである。
3.医療関係者について
今更という感じだが、ここで指摘しても詮無きこと。
対象こそ違え、自分も仕事の中で技術的な面で同じような判断(誤診)をすることがあり、今回のように意外な結果で覆されることは経験する。有る程度自信が付くとありがちなことだ。
こと医療に関しては、症状というのは主観が多分に入るので、科学性を持たせる医療現場としては状況判断に頼らざるを得ない現状も理解できる。だが辛いという患者の声をもってして状況の再検分を試みるべきは医者の務めではないかと思うが、彼らを動かすのにはやはり患者も真剣に訴えなければならないということを強く学んだ。
病院に行けば治療をして貰えるのでは無く、治療を受ける為に医師を説得しに行く・・・位の気持ちは必要なんでは無いかと。
昔から「先生と患者」という図式はあまり変わっていないような気がするが、病気も薬も新しいものが乱立する昨今、医者選びや医者との対話から既に病との戦いが始まっているような気がしてならない。
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