紫雲山縦走
東武日光線、板荷駅の両側に聳える山。西側にあるかまど倉から川化山を『白雲山』、東側を『紫雲山』と呼ぶらしい。
水墨画に登場してきそうなこの呼び名は実にふるっていて良いではないか。山は三角点にのみあらず、名もないピークにも貴賤は無いと思う。要はそこに立った人がどういう気持ちなのか、そこを眺める人がどう感じるかということであると思う。そんな人々の心が山の名前になっているのだろうと思いたいところだ。
実際に白雲が掛かっていたからそう呼ばれたのかどうかは知る由も無いが、板荷の駅前から眺めると、対としての紫雲というのは興がありさもありなんという雰囲気である。
昨年、白雲山の東端である川化山から向かい側の紫雲山を眺めた時、地図で見た如くの形の良い独立連峰としての姿が目に焼き付いていた。2万5千分の1地形図にはいずれも山名表記の無いピーク群であるが、その中核として472.9m三角点峰の次石山(つげいしやま)を擁する紫雲山縦走を今回は試みる。
紫雲山はちょうどサツマイモを南北に配したような感じで、基本的に他の山群と交わりのない独立連峰である。地元の人はともかく、あまり歩かれている様子も無くいささか情報不足であるが、僅かなネット情報を参考に昨年から地形図に想定ルートを引いては穴の開くほど眺めていた。そして、唯一の懸案事項である駐車地にメドが立ち決行に至ったのである。
ポピュラーなルートは平野の集落から林道を辿り次石山の東尾根を使うコースとなるが、これだと紫雲山を歩いた事に成らない。自分の目標は紫雲山縦走なので、あくまで南端(本当は住吉神社から登れば良いのだが、こちらはルートが読めなかった)から北端の小倉城山までとこだわった。
縦走の最終到達点である小倉城山付近は最近「みどり税」で整備がされたようで、車数台の駐車スペースが確保されている。ここに車を駐めて紫雲山南端である辺釣にある登山口までの第一区間6キロは、物置から引っ張り出してきた折りたたみ自転車に託す事になる。
折りたたみ自転車はタイヤが小さくて漕いでもなかなか効率良く進んでくれない。徒歩よりは遙かに速いが、ザックを背負ってえっちらおっちらと進むのもなかなか容易でないものだ。2輪に跨ると、習慣で右手をちょいと捻れば勝手に進んでくれると錯覚してしまうが、今日の動力はどこまでも自分だけである。
登山口である鉄塔巡視路に着いた頃にはうっすらと汗が滲みだしていたが、休んでいると汗が冷たくなってくるので、即登山開始。まずは良く整備された巡視路を辿り226号、227号と鉄塔巡りである。
今日の相棒 | 226号鉄塔巡視路入口 | 226号鉄塔 |
227号鉄塔より430m級Pの岩を纏った勇姿が見える。紫雲山の背骨は岩でかなり筋肉質なようである。
ここで気になったのがGPSの軌跡と地図上の鉄塔位置。というよりは電線の位置。
鉄塔の箇所でGPSに保存したポイントと地図上の電線交差箇所が約30m程度離れているのだ。鉄塔の下は空が充分に見渡せる所なので衛星捕捉には全く問題が無い。殆どの三角点を踏む時はほぼ誤差5m以内で測位出来ているので、30mというのはやはり地図が間違っているとしか言いようが無い。
航空測量なのだから一番判りやすい構造物だと思うが、さて真実や如何に。そんな事もミステリーにしておくと山登りもまた一層楽しいものである。
穏やかな稜線 | 227号鉄塔 | 430m級P |
227号鉄塔から先はほぼ歩く人が途絶えた雰囲気があり、道は心細くなるも尾根は明るく広い。鞍部から登り返す頃になると自然のまま放置された感の急登が待っているが、いまだ歩きやすく、やがて樹林の中の御嶽山へとたどり着いた。石祠が2基あり、信仰の篤さが感じられた。
今日のコースは恐らく人には遇わないだろうと思っていたが、途中で地下足袋姿に柄の長い草刈り鎌を手にした年配の人に出くわしたのにはビックリした。聞けば、子供の頃良く登った山だが懐かしいので久しぶりにやってきたという。下にある林道に車を置いて東側の斜面を直登してきたらしいが、とても自分はあんな斜面を登る勇気も体力も無い。山遊びとは見受けられないその感じからして、恐らく何かを"採取"しているのではないかという雰囲気であった。
御嶽山からは北北西に針路を取り鞍部へ向かう予定でいたが、尾根線から少し西側に針路を振らないと鞍部には着かない。トラバースを考えたが、思いのほか樹林が深く傾斜もきつい。少し下ってから下を見ると林道の終点から廃道が目指す鞍部まで上がっているのが見えたので、遠回りだが安全なルートを行くことにした。
先ほどから犬の声が聞こえてくる。野犬だと厄介だなと思っていると右手の谷の下の方に、恐らく100m近く離れていただろうか、白い犬が居るのが見えた。あちらも突然の侵入者に驚いた様子で、こちらの姿を窺っている。口笛を吹くと尻尾を揺らして明らかに友好の雰囲気で鳴いているのを見て安心した。
程なく、別な谷方面からやはり犬の声と発砲音が聞こえてきた。白い犬はこちらの事をすっかり忘れたように、急峻な山腹を上手にトラバースしながら去って行った。
知り合いのハンターに聞いたことがあるが、発砲は常に谷に向かってするようである。人が歩く可能性のある稜線に打ち上げることは原則しないらしい。だから猟犬は谷間を縫い歩くのであろう。そして鳥追いの猟犬は決して人間には襲いかからないらしい。ただやはり猪や熊猟用の犬は気が荒いそうである。まぁそうでないと勤まらないだろう。
標高差にして100m程も下っただろうか、小さな山なら下山もおしまいの雰囲気だが、下りきる直前に目的鞍部までどうにかトラバース出来ないかと窺ったが、結局足が踏み出せないまま林道終点まで降りきってしまってから、僅かだが廃道を登り返した。
御嶽山 | 御嶽山より北に下る | 平野からの林道終点 |
暫く穏やかな登りを進むと、右に広い仕事道が下に向かって伸びており、左は微かに巻く雰囲気の踏み跡、そして前進は430m級Pへの直登である。左から巻いたとしても地図の等高線を見る限り楽に登れる保証は全く無い。方角に狂いはないのでこの直進ルートで正解の筈である。等高線に対し電車道のような直登は、時として斜度がゆうに40度近くもあるだろうか。休み休み確実に高度を稼いで行く。ピークまであと僅かという辺りで岩が出てきて周囲の木が消えた。人の多い山なら過保護なトラロープが数本垂れ下がっていてもおかしくないような箇所であるが、頼る物の無いここはあくまで三点支持に注力すべし。あまつさえ、行く手を阻む薮がいっそう気力を奮い立たせる。薮岩ルートなのである。
ふと登るのをやめて後ろを振り返ると、そこには絶景が拡がっていた。こういう孤独な山行で絶景を目の当たりにした瞬間は、ことのほか感動が深いものだが、今日はコースの難しさも手伝っていつもより格段に大きい気がする。さながら天下でも獲ったような気分になりしばし悦に入る自分であった。
赤岩山の西側の張り出しが良く見える光景はかなり珍しい。脈々と伸びる鞍掛尾根もよく見える。
430m級P手前の岩薮 | 来し方の御嶽山 | 赤岩山から鞍掛尾根 |
430m級Pへよじ登ると、そこは幼松の密集する薮であった。以前山火事があったらしく、大きな木はことごとく消失して今まさに再生の途にあるようで自然の成せるがままの感がある。あと数年もすると通過困難な薮になってしまうかもしれないだろう。
ピークは平坦になっているが北側は比較的火事の影響が少ないようである。この辺から西側の眺望も開けて二股山やかまど倉から川化山のいわゆる白雲山が見渡せる。
幼松の薮 | 火事の跡が痛ましい | 二股山とかまど倉 |
430m級Pからの下降は、倒木などが乱れており踏み跡も不鮮明で歩きづらい。方角に注意しながら進むと、再び明瞭な尾根筋が現れてきた。落ち葉で滑りやすい急登を凌いで登りきるとそこが次石山の頂上である。
意外な事に別な登山者が居た。話を聞くと平野から東の尾根を登ってきたそうだ。どちらに行かれますかと尋ねられたので、小倉城山まで縦走しますと答えると、しばらく考えた後に自分と同じ北を目指して発って行った。どこか途中で平野方面へ抜けるルートを知っているのだろうか。
枝が邪魔だが男体山 | こんなピークを幾つも越える | 次石山三角点 |
山頂の東側にある岩塔は有名で、その勇姿を見るのがこの山の醍醐味と言っても過言ではないだろう。だが、今日は先が長いので岩塔見物は次回、平野集落から登る時の為にとっておく事にした。樹間からちらっと見えた露岩がくだんの岩塔なのだろうか、凄い迫力だ。
山頂からは静かなる尾根道を行く。次石山の南側は険しい領域であったが、北側はうって変わって穏やかである。だが、穏やかではあるがコース取りは難しい。歩きやすい踏み跡を追っていたら気が付かないうちに尾根の乗り換えに失敗。350m付近まで降りた時点でようやく気づきトラバースを試みるも、谷が深く断念して登り返した。進むべき尾根がぼんやりと向こう側に見えたあたりで再びトラバースを試み、無事ルートへ復帰することが出来た。
雷電山の山名板がかかっているピークに到着する。景色はさほど良くないが石祠のある小広いスペースには、此処までの緊張感溢れる時間を解き放ってくれるようなそんな安心感が漂っていた。先ほどから少し風が出てきたので立ち止まると寒い。ザックをを降ろして一枚羽織ってから昼食とすることにした。
食事をしながらふと上を見ると古ぼけた梵天が木に括り付けてある。地元の人はどこから登ってくるのだろうか。このひっそりとした頂に人々が賑わう様子を思い浮かべることがどうしても出来ないが、やはり此処も間違いなく信仰の場所なのだ。
岩塔方面 | 静かなる尾根道 | 雷電山 |
雷電山より若干東向きに尾根は湾曲する。途中の鞍部から北に針路を変えなければならないところが難しかった。今回歩いている稜線は鹿沼市と日光市(旧今市市)の市境界線上にある。この難しい北転箇所は勿論GPSに入力済みであるから、ポイントへの到達は把握していた積もりだった。丁度岩場を越えた辺りから北へ向かう形になるが、見るとそちらに踏み跡は全く無い。向かいのピークに登りかけて、上から眺めてもやはり歩ける雰囲気が無い。
幸いにして樹間に北側の372mPにある赤い鉄塔がよく見え、これを目指すならば僅かだが谷を降りるのもやむなしと考え植林地に足を踏み入れる。とにかく鉄塔を目指す角度を維持しながら降りていくと、いつの間にか左手に稜線が有ることに気が付いた。要は鞍部からの微妙な尾根の派生を見抜く事が出来なかったのである。GPSや地形図を頼りにしていても最後には"そこが歩けるかどうか"は自分の目で見て足で感じ、そして「感」のようなものもなければならない。要は『山を読む』という行為が不可欠なのだが、自分はまだまだ経験不足なのを痛感した次第である。
無事鉄塔に着くと、塔脚からはすっきりとした西側の眺望が拡がり、しばしの休憩に心身共に癒やされる。笹目倉の羽根を拡げたような綺麗な三角錐。その右には頑丈な佇まいの鶏鳴山がある。そして男体山も奥にどっしりと控えている。
電線が向かう先はかまど倉方面。その右手に連なる白雲山の右端には川化山も見える。
どこまでも岩混じりの稜線 | 赤い鉄塔より | 笹目倉山、鶏鳴山、男体山 |
いつまでも眺め続けていたいと思う眺望を後にして、裏手を登るとそこが372mP。鉄塔巡視員の忘れ物であろうか。五徳フォークが木にねじ込まれているのが可笑しい。
次のピークで東へ90度方向転換だが、流石にここはうまく尾根を乗り換えることが出来た。やがて八方館跡に着けば此処からは下山地まで整備済みのエリアである。小倉城山に到着すると、やれやれ緊張感からようやく解き放たれてザックを肩から降ろした。
372mP | 小倉城山 |
小倉城山の山頂付近は遺構で複雑な地形をしている。大谷の多気山の南面を歩いた時も感じたが、山城ならではのいろいろな細工を施す為にこのようになってしまったようである。山城といえば、ここから見える猪倉山(猪倉城)や大沢の板橋にある城山(板橋城)もそれぞれ歩いていると遺構が確認される山城である。かくも至近距離に山城が点在しているところから、当時の勢力間の緊張が垣間見えるようだ。
小倉城山からの下山は良く整備された丸太組みの登山道を下っていく。気負いはすっかり抜けてしまったが、こんなところで怪我をしてもつまらない。最後までしっかり歩こうと自分に言い聞かせて降りていった。道路が見えパジェロミニの姿が目に入った時に、縦走が無事終わらんとするのを実感出来たのである。
長かった。コースが難しかった。だが、実に変化に富んだ味わい深い山旅を堪能させて貰った紫雲山。仰ぎ見てしばし佇む。
さぁ、後は自転車を回収するのみ。冬の日は短い。幾らか蔭って気温も下がってきたが、深い充実感が心の底から沸き上がってくるのを止めることが出来なかった。
猪倉山が見える | 駐車地に無事到着 | 板荷駅前の案内板 |
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